ボヘミアンラプソディ

フレディマーキュリーの葬儀(2021年最新)埋葬と遺灰の場所を特定!

フレディマーキュリーは映画「ボヘミアンラプソディ」でエイズであることをクイーンのメンバーに報告し、ライブエイドでの圧巻のパフォーマンスを披露するシーンがありました。

そして実際にはフレディーマーキュリーはエイズから来る合併症である肺炎で最後をむかえて、天国へと旅立っています。

そうなるとフレディーマーキュリーは亡くなった後、葬儀やお墓については実際のところどうなったのでしょうか?

今回はフレディマーキュリーの葬儀の様子や、埋葬と遺灰の場所はどこに隠されているのか、2021年最新の情報も元に、できる限り真相に近づいてみました。

 


フレディーマーキュリー葬儀の場所と石碑に刻まれた文字

この写真は、亡くなる少し前のフレディの姿です。コンサートライブで全世界を回っていた頃の画像と比較してみると、筋肉質だった体はやせ細り、頬もこけてしまっています。

私もこのフレディの晩年の姿を見ているのが辛くなるほどでした。

とはいえ、フレディの葬儀の様子がどんな感じで行われていたのかファンならずとも知りたいと思ったのは私だけでしょうか?

フレディマーキュリークラスの大物のロックスターですから、壮大に大勢の人たちに見守られながら、安らかに天国に行ったのでしょうか、そしてフレディマーキュリーが残した莫大な金額と言われる遺産のその後なども気になるところです。

しかしフレディマーキュリーが亡くなった当時は、最後の時まで謎のスターであり続けていました。

多くの謎を残してこの世を去っていった、フレディマーキュリー。

実は埋葬場所や遺灰の場所が、ある人物以外だれもわからないんです。

「そんなことってあるの?」と疑ってしまいそうになりますが、この謎は未だ深い霧の中に包まれていました。

ここからは実際にフレディマーキュリーが亡くなった時の様子をまとめていきます。

1991年11月23日、フレディは以前から噂されていた「HIV感染」についてついに病に侵されていることを認める声明を発表しました。

そしてフレディマーキュリーが公の場で発表してから24時間も経たないうちに、翌日の24日、HIV感染合併症のひとつであるニューモシスチス肺炎によって亡くなりました。45歳という若さでした。

11月27日に、ロンドンのケンザル・グリーン霊園で葬儀が執り行われました。

参列したのは、家族、恋人をはじめ、クイーンメンバーのブライアン・メイ、ロジャー・テイラー、ジョン・ディーコン、エルトン・ジョンも参列しています。

その他、近親者や友人を含め35名が列席しました。

ビックスターの死ですから、もっと多くの参列者が出席するのかと思いましたが、思ったより少人数ですよね。いろんなすごいアーティスト達が押し寄せる勢いでやってくるのかと想像していました。

病気が病気だったし、病名を本当ならば公表したくないということもあり、本当に信頼している人だけに見送って欲しかったのかもしれません。

そしてフレディマーキュリーの葬儀の後に建てられた石碑について、この場所であるという証拠になる動画映像を見つけることが出来ました。

上の動画からは、おじいさんが「フレディマーキュリー」と言っているので間違いないありません。

フレディマーキュリーは、亡くなる前にパスポートの名前もすべて改名しています。

それなのに、石碑は改名前の名前を使っていたんです。

さすがに石碑については、偽名を使うことにはいかなかったんです。

石碑には「ファルーク・バルサラの愛しい思い出に。1946年9月5日‐1991年11月24日」と英語で書かれてあり、さらに続いてフランス語で「Pour Etre Toujours Pres De Toi Avec Tout Mon Amour (私の愛の全てと共に、いつまでもあなたの傍にいます。) M」と刻まれています。

フレディマーキュリーは最後はジムハットンと暮らしていたので、ジムハットン(Jim Hutton)のことかと思いましたが、頭文字が「M」となっているので、ジムハットンではありませんでした。

最後の「M」の文字は、フレディの恋人だったメアリー・オースティンの頭文字だと考えられていて、やっぱりメアリーは最期まで信頼の置ける友人であり、最愛の人物であったことが分かります。

 

フレディマーキュリーの葬儀の様子をジムハットンが語っていた内容について

フレディの最後の恋人と言われたジム・ハットンは「フレディマーキュリーと私」という書籍の中で葬儀の様子をこのように説明しています。

みんなの心が、フレディを喪った悲しさを静かに表しているのが分かる内容です。

ブライアンは手を握り、僕に会えてよかったと、そしてフレディが死んでほんとに 悲しいと言った。

ロジャーも同じ言葉をかけてくれたけれど、彼は握手でなく僕を抱いてくれた。

さらに僕はジョンに葬儀で会えたことが嬉しくて、彼に感謝の気持ちを伝えた。 彼はフレディが世間から身を隠すようになってからは離れて見守っていたけれど、 こうして最後のお別れを言いに来てくれた。僕達は握手をしてそっと抱き合った。

出典:フレディマーキュリーと私(ジム・ハットン著)

そして、異性の彼女として映画「ボヘミアンラプソディ」でも登場した、メアリー・オースティンはこのような言葉を残しています。

彼がエイズに感染していると分かったときは、胸がつぶれるような思いでした。

私は自分の家族を失いました。だって、フレディが死んだのですから。

私は自分の永遠の愛だと思っていた人を失いました。彼が亡くなったとき、私は彼と結婚していたんだと気が付きました。フレディと別れることは決してできません。それは彼が亡くなった後も難しいことでした。

出典:https://www.biography.com/news/freddie-mercury-mary-austin

メアリーオースティンにとってもフレディマーキューリーはは最大の親友であったことから、とてもじゃないですがそう簡単に受け入れられるものではありません。

ましてやメアリーオースティンにとっては、自身が愛した最初の恋人の死は悲しいなんてもんじゃなかったのでしょう。

そしてフレディマーキュリーの死によって動揺したのは、フレディの家族や恋人だけではありませんでした。

クイーンのメンバーでギターを担当するブライアン・メイは意気消沈してしまい、生きているのが嫌になってしまったと後に語っています。実父が亡くなった時期とも重なり、深刻なうつ状態になりました。その後、アメリカの病院で治療を受け、2021年現在はなんとか回復して、ボヘミアンラプソディの映画の制作に関わったり、ワールドツアーを開催するほどまで元気になりました。

ブライアンメイは、クイーンのメンバーの中でも特に心を痛めやすい性格をしているのだとか。

また当時、ブライアンメイは自身の離婚や、家庭の問題も続いてしまっていたこともあり、悲しい出来事が続き過ぎていました。

またフレディマーキュリーの長年の友人である、ミュージカル俳優のピーター・ストレイカーは、フレディに直接「エイズに感染しているんじゃないか」と質問をぶつけたのですが、フレディは血液の病気としか答えてくれなかったそうです。

その後何度か連絡を取ろうとするも、「彼は忙しい、外出中」という理由でつないでもらえませんでした。フレディマーキュリーが実際に死んだときはひどいショックを受けて、葬儀に出席できなくなるほどの憔悴ぶりでありました。(ピーター・ストレイカーを知るミュージカルの関係者談)

 

フレディの葬儀はゾロアスター教で行われた

フレディーマーキュリーの葬式は、ゾロアスター教の習わしにそって執り行われました。

ゾロアスター教とはどんな宗教なのでしょうか?

日本においては、仏教や神道を中心とした宗教形態ということもあり、あまり聞かない名前ですよね。

ここからゾロアスター教の葬式の仕方について少しまとめてみました。

ゾロアスター教について

・ゾロアスター教は紀元前6世紀ごろのペルシャの予言ゾロアスターを開祖とし、世界最古の一神教といわれています。少数派の宗教ですが、世界には約10万人の信仰者がいます。
・葬儀の仕方は火葬、土葬のどちらでもなく、遺体を自然にさらしてそのままにするか、鳥に食べてもらう鳥葬が行われます。インドのムンバイには「沈黙の塔」と呼ばれる、遺体を自然にさらすための建物があります。

・人間の死体は不浄のものという考えがあり、聖なる火で死体を焼くことはタブーとされています。「水・風・火」は母なる神が与えてくれたものなので、これらを使わずに埋葬するには「鳥葬」こそが最善だと考えていたのです。

また、鳥に死体を与えることは人生で最後の高徳として讃えられています。

・現在は衛生的な問題から、鳥葬が禁止されています。大半の信仰者は土葬を取り入れていますが、インドのムンバイにおいては未だに伝統を重んじ、「沈黙の塔」で埋葬されています。

このような埋葬の仕方があるんですよね。

日本とは全く違った埋葬方法ですが、2021年現在では遺体をそのまま自然にさらしてして、埋葬することを違法とする国もあります。

フレディマーキュリーの住むロンドンも例外ではありません。

特にヨーロッパなどに住んでいるゾロアスター教信者は火葬を選んで、その遺灰を自然にまく人が多いです。

フレディマーキュリー自身は、実際のところゾロアスター教について、そこまで熱心な信仰心はもっておらず信心深い父とは時々対立していました。

しかし、このように最後を迎えるときは自分を偽っていたとしても原点に返っていくと思うと感慨深いものです。

ゾロアスター教自体を嫌っていたわけでなく、最後はそれに従おうとしたのかもしれません。

 

フレディマーキュリーとメアリーの関係から葬儀を見てみた


(フレディマーキュリーの実際の葬儀の様子)

フレディマーキュリーは亡くなった後に火葬され、その遺灰はメアリーオースティンが受けっとっています。

遺灰は壺の中に入れられて、メアリーオースティンの寝室に2年間置かれていたそうですが、その後メアリーは密かに彼の希望した場所に移しています。

メアリーオースティンがどこに撒いたのかまでは、2021年現在でも明かになることはなく、フレディマーキュリーの両親さえもわからないのです。

何故わからないのか、メアリーオースティンが何人たりとも一切真実を言ってないのかといいますと、フレディが生前に2人の間で秘密の約束が行われていました。

こちらは2013年デイリー・メール紙でのメアリー・オースティンが語った内容です。

フレディは死ぬ前に私と最後の約束をかわしました。「埋葬してほしい場所はもう決まっている。火葬の後に、灰を集めて、決して誰にも邪魔されない静かな場所に埋めてほしい」と言いました。

壺を持ってこっそり家を抜け出しました。スタッフにわからないように、いつもの通りに振る舞う必要がありました。だから、美容エステに行くと言って出かけたんです。タイミングが難しかったけど、誰にも埋葬場所が知れることはありません。

出典:https://www.dailymail.co.uk/femail/article-2301718/Freddie-Mercury-Queen-stars-lover-Mary-Austin-cursed-fortune.html

メアリーオースティンは約束を守り、2021年の現在となった今でもフレディマーキュリーが永遠に眠る場所は秘密のままとなっています。

1985年のインタビューで、フレディがメアリーに、特別な信頼を寄せていることも明らかにしています。

僕には本当の友達はいない。誰もが僕の友達だと言って寄ってくるけど、彼らのことは信頼していない。僕が信頼している人はそれほど多くない。

ただ一人いるとしたら…メアリーです。

彼女は長い間、僕の恋人だった人で、今は付き合ってはいないけど、彼女は唯一僕が頼れる友人です。

出典:https://youtu.be/t0OX9zNJMMQ

成功して世界的に有名なロックスターになったフレディマーキュリー。

ですが、たくさんお金が入ってくるとそのためだけに寄ってくる人も多く来るようになりました。そうゆう人たちとの人間関係の難しさなどもあり、より一層メアリーオースティンのような心の底から信頼できる存在を大切に感じていたのです。

そう考えるとメアリーオースティンとはフレディがまだまだ売れる前からの付き合いだったこともあって、本当の自分を見つめてくれる数少ない人間として信頼することが出来る数少ない人物だったんですね。

フレディとメアリーオースティンとの関係は数十年に渡ります。

 

フレディマーキュリー葬儀の後のメアリーの変貌がヤバい


フレディマーキュリーはメアリーオースティンのことを「生涯の愛しいソウルメイト」と呼び、固い絆で結ばれていました。

フレディの遺産のほとんどは、最後の恋人ジム・ハットンではなく、メアリーオースティンに与えられています。

メアリーオースティンには、推定2000万ポンド(現在のレートで約28億5,000万円)と彼のロンドンの豪奢な邸宅が与えられました。ちなみに、ジムハットンには7,000万円の財産を託しています。

こうやって金額を見てみると、明らかにフレディマーキュリーが分け与えた遺産の額が違うんですよね。

これはジムハットンのメアリーオースティンに対するジェラシーがメラメラと湧き上がるのも当然です。

そしてこれだけの遺産をもらうとやはり性格も変貌してしまったのでしょうか。

メアリーオースティンもジムハットンに対しては強気な態度を示してきました。

フレディマーキュリーが残してくれた大部分の遺産を相続した後、メアリーオースティンは早くもジムをガーデン・ロッジから追い出しています。

ジムハットンと言えば、フレディの最後の恋人であり、フレディのことを心から純粋に愛していたし、フレディマーキュリーもメアリーオースティンもそれを知っていたはずなんですが、、、。

でも、メアリーオースティンの立場に立ってみれば、ジムハットンはいくら最後の恋人と言ってもつき合っていた年数は数年。

その一方でメアリーオースティンはフレディが人気になる前からずっと仲良くしていたんだし、ましてやジムハットンは、メアリーにとってみれば最大の恋敵・ライバルと言っても過言ではありません。

そう考えるとジムとメアリーの関係は良いとは言い難いですし、もらえた遺産の額の差が大きすぎるため、仕方ないことなのかもしれません。

ジムハットンはフレディ・マーキュリーが亡くなった後に「フレディーマーキュリーと私」という本を出版していて、本の中でメアリーオースティンと自身の関係も話しています。

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フレディマーキュリーの埋葬場所について

フレディマーキュリーの埋葬場所について追ってみました。

ロンドンのウエスト・クロムウェル・ロード(West Cromwell Road)にフレディの邸宅があります。「Garden Lodge」と書かれた緑の扉があり、家へと続いています。

扉の周りに透明のプラスチックボードが取り付けてあり、壁との間に手紙やカードが挟めるようになっています。

世界中のフレディマーキュリーのファンは、埋葬場所がわからないためこの邸宅を訪れてはメッセージをいれて祈りをささげていることが分かりました。

たくさんの寄せ書きが書かれてあり、花も添えられていることが、↑の動画から分かりました。埋葬場所は2021年現在「フレディの邸宅の庭」という説がでていますので、ここに訪れる人は絶えないでしょう。

メアリーオースティンが発表しているわけではないので、ここが本当にフレディの遺骨の埋葬場所かはさておき、フレディが最後の時間を過ごした場所なのは事実です。

フレディにお祈りを捧げたい人は行く価値があるということですね。

2021年現在、コロナの影響もあり簡単に日本からイギリスへ訪問することが難しいですが、行ってみたくなります。

フレディの別荘があったスイスのレマン湖に、遺灰が撒かれたという説もあります。

フレディマーキュリーはレコーディングをするため、スイスのモントールを訪れました。その時に、心落ち着くことができるモントールの静けさを気に入って別荘も購入しています。

ちなみにフレディマーキュリーはここで「A Winter’s Tale」という、この別荘から見た景色を詩にした曲を書いていて、この曲はすごく穏やかで綺麗な曲だから一度聴いてみることをおすすめします。

フレディマーキュリーのHIVが発症した後、イギリスの報道陣を避けるため、この別荘で療養していました。

フレディゆかりの地として、湖畔にはフレディの銅像もあります。

動画を見ていると自然も豊かであることが分かります。

フレディマーキュリーもここならゆっくり眠ることができそうです。

フレディ邸宅説のほうが有力ですが、ここでも同様に壁やドアには、たくさんのフレディマーキュリに対するメッセージがびっしりと書かれてありました。

 

フレディマーキュリの葬儀についてまとめ

今回はフレディマーキュリーの葬儀についてお伝えしました。

・1991年11月24日、HIV感染合併症のひとつであるニューモシスチス肺炎によって亡くなる。(45歳没)
・同年11月27日に、ロンドンのケンザル・グリーン霊園で葬儀が行われた。
・フレディの葬式は、ゾロアスター教の習わしにのっとり、火葬される。
・フレディはメアリーのことを「ソウルメイト」と呼び、絶大な信頼を寄せており、遺灰を託した。
・埋葬場所がわからないため、ファンはフレディの邸宅前か別荘に祈りをささげる。

真実を知りたいと思う一方で、この謎は明らかにしない方がいいのではないのかとも思ってしまうのは私だけでしょうか?わからないからこその魅力がそこには詰まっていると思います。

フレディマーキュリー自身も謎の多いスターでしたし、今まで誰にもわからないように葬儀後の事に関しては隠されてきました。

2021年現在も、ハッキリとしたことはまだ分かっていません。

ですが、ボヘミアンラプソディの映画によってあらためてクイーンというバンドの素晴らしさや、フレディマーキュリーというボーカリストの偉大さが分かったわけですから、葬儀やその後に関しては、謎は謎のまま、伝説のミュージシャンとしてレジェンドとして残るエピソードのほうが良いのかもしれません。

 

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