ボヘミアンラプソディ

フレディマーキュリー 晩年の写真がヤバい?歌唱力や足の秘密が明らかに?

フレディーマーキュリーの伝記映画「ボヘミアン・ラプソディ」が、2018年11月9日より日本でも公開されています。

 

映画の公開以来、「第3次クイーンブーム」と言われるほど、日本だけでなく、世界規模で大ヒット人気の映画となっています。

 

2020年に入ってからも、「応援上映」や爆音映画祭が開催されています!

 

(現在は、コロナの影響で応援上映は中止となっています。)

 

1度のみならず、何度も映画館に足を運ぶほどハマってしまう「リピーター」も、おられるんですよね~!

 

そこで今回は、伝説のボーカリスト・フレディマーキュリーついて気になったことを調べてみました。

 

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フレディ・マーキュリー経歴プロフィール

 

・名前:フレディ・マーキュリー(Freddie Mercury)

・本名:ファルーク・バルサラ(Farrokh Bulsara)

・生年月日:1946年9月5日

・出身地:インド マハーラーシュトラ州

・身長:177cm

・死没:1991年11月24日(45歳没)、英国・イングランド ケンジントン

・活動期間:1969年~1991年

 

フレディマーキュリーの本名は、ファルーク・バルサラ(Farrokh Bulsara)です。

 

英国人っぽい名前でないことや、あの独特な濃い?!風貌は、ご両親がペルシャ系インド人だったからなのでしょう。

 

フレディの家族をご紹介しますね♬

●お父さん、ボミ・バルサラ(Bomi Bulsara)(1908年 – 2003年)

●お母さん、ジャー・バルサラ(Jer Bulsara)(1922年 – 2016年)

●妹さん、カシュミラ(Kashmira)さんです。

 

こちらの画像は、フレディのご両親の若い頃の姿です。

 

2人とも上品な感じで、美男美女ですね^^

フレディが8歳の時に撮った、妹さんと一緒の姿と、生前のお母さんとの画像です。

また、出身地はインドとなっていますが、フレディマーキュリーは、東アフリカ・タンザニアにあるザンジマル島の、ストーン・タウンの街で生まれました。

 

この街は、1890年から1963年までイギリスの保護国だったんです。

 

インドで幼少期の大半を過ごしたフレディは、7歳でピアノを習い始めます。

 

8歳の時に、インド・ボンベイ(今のムンバイ)郊外のパンチガニにある全寮制の英国式寄宿学校、”セント・ペーターズ・ボーイズ・スクール”に通うことになりました。

 

この頃すでに、ロックバンドを結成して、ピアノとボーカルを担当していたとか。

 

12歳の時には、スクールロックバンドの「ザ・ヘクティクス」で、クリフ・リチャードやリトル・リチャードのカバーを演奏したそうです。

 

当時の友人たちは、フレディについて「ラジオを聴いたら、その後で聴いた曲をピアノで再現する、特異な能力を持っていた。」と語っているので、この頃から才能が開かれてたんですね。

 

17歳の時に、フレディは、家族と共にザンジバルに戻って暮らし始めました。

 

ですが、その翌年に起こった「ザンジバル革命」により身の危険を感じた家族は、ザンジバルを離れて、イングランドのミドルセックス州・フェルサムに移住することになります。

 

移住後、フレディは、ウェスト・ロンドンにあるアイルワース(現在のウェスト・テムズ・カレッジ)に入り、芸術を学びます。

 

その後は、イーリング・アートカレッジへ進み、芸術とグラフィック・デザインを勉強しました。

 

これらの技術を用いてフレディは、当時としてはかなり斬新な、クイーンの衣装をデザインしていたんです。

フレディマーキュリーは、本当に多才な人だったんですねw(*゚o゚*)w

 

ですが、「ロックのイメージに合わない。」という理由で、インドで育った過去だけは何としても隠したかったようです。

 

今でこそ、出身国についてそれほど言われることはなくなっていますが、当時のイギリスにおいてはインド出身であることは公にするものではなかったんです。

 

日本で言うと、どこか地方の田舎の出身であることが嫌だったみたいなかんじだったんでしょう。(田舎の方、すみません。)

 

友人が「お前、インド出身だよな。」とからかうと、かなり嫌そうにするようで、メンバー内でもこの話題は触れてはいけなかったそうです。

 

「ボヘミアンラプソディー」の映画の中でも、ヒースロー空港のバイト先で「パキスタン野郎」と言われて、嫌な顔をするシーンがありました。

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フレディマーキュリーの猫好きエピソード

フレディマーキュリーは、大の猫好きとして知られています。

 

最後の恋人だった、ジム・ハットンが、フレディの邸宅である「ガーデン・ロッジ」へ引っ越してきた時には、すでに6匹の猫を飼っていました。

 

オスカー、ティファニー、ゴライアス、ミコ、ロミオ、デライラ、

 

6ニャンズですね~(= ̄ω ̄=)ノ

 

海外へツアーに出ている間は、可愛がっていた猫と話すために毎日のように、自宅へ電話をかけていた、フレディ。

 

必ず1匹ずつ電話に出て鳴き声を聞かせてほしいと頼んでいました。

 

まるで、家族同然のようですね~。

 

映画の中でも、ツアーに出ている時メアリーに電話して、猫が元気かどうか確認してました。

 

メアリーが、「わたしのことは?」って聞いてましたね。

 

フレディ、どんなけニャンコたちが好きなんだよ~って感じです\(^▽^)/

 

猫好きのフレディにとっては、少しでも一緒にいたかったんでしょう。

一度、飼い猫のゴライアスが行方不明になってしまったことがあったそうです。

 

「フレディは半狂乱になって深く絶望し、美しい日本製の火鉢をゲスト用ベッドルームの窓から放り投げた。」

 

こんなエピソードが、フレディのパートナーで居続けたジム・ハットン氏が、自身の著書の中で語られています。

 

この時は、迷ってしまった猫のために懸賞金を用意するほど、憔悴しきってしまったそうですが、ラッキーなことに、ゴライアスは無事に保護されたんです。

 

無事にご対面できたフレディは、母親のように抱きしめて大喜びしたあと、ゴライアスを叱っていたとか。

 

まるで、自分の子供のようですね~。

 

又、フレディは、猫の中でも、1987年から飼っていたメス猫、「デライラ」が一番のお気に入りで、『愛しきデライラ』という曲を書いています。

 

クイーンの他のメンバーは、この曲に特に思い入れはなかったので収録する気はなかったのですが、しぶしぶ受け入れざるをえなかったそうです。

 

フレディは、病に倒れる最後の日までとにかく猫のことを気にかけていたんだとか。

 

猫好きの人には「うん、うん、分かる~」ってなるエピソードでした(‘-‘*)(,_,*)

 

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フレディマーキュリー晩年は日本で過ごしたかった?

フレディマーキュリーは、かなりの日本通としても知られています。

 

クイーンのメンバーとして1975年の初来日の時に、観光で訪れたお寺や歴史建造物をみて、日本の歴史や文化が大好きになり、帰国前には骨とう品を買い漁っていったそうです。

 

初来日以降も、伊万里焼のコレクターとして、コンサート以外にも時々お忍びで来日しては美術品を購入するほどの親日家になりました。

 

ある時は招き猫の置物が欲しかったフレディに、ボディーガードが、東京都内のある店に案内しています。

 

ですが「違う、私の欲しいのは、芸術性の高いアンティークなんだ!」と言ったそう。

 

青山にある骨董通りや、成城にいい品があると聞いたスタッフが一緒に同行したんですが、気に入らなかった、フレディ。

 

他を探してくれと言われて、スタッフは探し続けました。

 

最後に京都のある店で、「これだ!」と満面の笑みで購入したんです。

 

とにかく日本の美術に精通していて、九谷焼や浮世絵に興味を持っていたそうです。

 

200万円の値のついた浮世絵を前にしてスタッフに「これは本物か?」と聞いて購入したんだとか。

 

着物も大好きになり、自宅で着てすごすほど、気に入ってしまったそうです。

 

来日コンサートでも着物着て、パフォーマンスしていますね。

 

しかし、斬新な衣装だなあ~。

ロンドンの自宅には日本庭園を設けていたくらいなので、もしかしたら日本で最期を迎えたかったかもしれないですね。

 

これまで行われていた来日コンサートでは、MCの大半を日本語で話しています。

 

日本語にも精通していて、彼のソロアルバム「バルセロナ」に収録されている「La Japonaise」の歌詞の大部分は日本語です。

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クイーンの人気は日本から

 

クイーンの人気が出たのは、日本が最初なんですよね~。

 

本国のイギリスでは、当時流行していたプログレッシブロックの「残りカス」などと散々な言われ方をしていました。

 

日本では、まず女性ファンが火付け役となりました。

 

1970年代の日本では、女性にとってクイーンは斬新なカッコいいバンドだったんですね。

 

1975年の初来日の時には、空港に3,000人ものファンが押しかけています。

 

これには、そこまでの人気になっていると知らないメンバーには驚きつつも、かなり嬉しかったと、言われています。

 

日本に初来日した時、英国で受けたことのない歓迎ぶりだったとか。

日本文学にも相当詳しかった、フレディ・マーキュリー。

 

日本語も一生懸命に勉強したそうです。

 

コンサートなどで来日した際、担当の日本人通訳の方も知らいないような、日本人の作家の名前を言って質問することもありました。

 

当時は今ほどインターネットも発達してなかったのに、どうやって情報を仕入れて日本語や日本のことを勉強したんでしょうか。

 

東京の神田の古書街に、良く通っていたというエピソードもありました。

これだけのエピソードを聞いていると、フレディマーキュリーは前世は日本人だったのでは~?と思わざるをえませんね(⌒▽⌒)

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フレディマーキュリーとダイアナ元王妃の交流

フレディは様々な人との交流があったんですが、ダイアナ元王妃とはフレディととても仲の良い、親友だったそうです。

 

映画では語られてない話ですね~。

 

実は、王室に嫁ぐ前からダイアナさんは、フレディと友人関係にあったそうです。

 

元々ロック音楽が大好きだったことと、王室に嫁ぐ前は「民間から嫁いだプリンセス」と言われながらも、名門貴族スペンサー伯爵家のお嬢様なので、有名人アーティストと知り合う機会が多かったことで知り合ったとされています。

フレディとダイアナでお忍びの夜があった!

英国のコメディー女優クレオ・ロコスさんの、2013年出版の回顧録によると、お忍びで一緒に夜間に出かけて行ったことが語られています。

 

当時のダイアナ元王妃は、公では、仲の良い夫婦と良き妻として振る舞っていました。

 

ですが、その裏では、夫のチャールズ皇太子の問題に悩まされ、10年以上仮面夫婦を演じていました。

 

ダイアナ元王妃は連日のように、メディアに追い回されてかなりのストレスになっていたんですね。

 

その日は、1980年代後半、英国のコメディアン、ケニー・エヴェレットの家で、フレディと、ダイアナ、クレオと4人で楽しんでいました。

 

3人は、外出しようとしたのですが、「私も一緒に行きたい。」とダイアナが言ったんです。

 

ですが、さすがにダイアナを連れてけない、もしバレたら翌日の事件になるからということで断ったんです。

 

でも、どうしても行きたいと何度もフレディにお願いするダイアナを、フレディは連れて行ったのですが、バレないように変装させたんです。

 

ケニー・エヴェレットが持っていたアーミージャケットを着させて、レザーキャップとアビエイターサングラスをつけて、忍び込んだダイアナ元王妃。

 

その元王妃の姿は、クレオの回顧録によると「美青年の男性モデルのよう」だったとか。

 

ダイアナ元王妃は、モデル体型で身長177cmあったから、カッコよく見えたでしょうね~♬

 

バレたらどうしようとヒヤヒヤしながら、お店に入った4人でしたが、人気者のフレディとケニーに気を取られ、誰も気づくことはありませんでした。

 

そのおかげで、ダイアナ元王妃は自らドリンクをオーダー出来て、楽しい夜を過ごせたんです。

 

護衛もつけずに行ったので、20分ほどで帰ったんですが、その日は無事ケンジントン宮殿に戻っていきました。

 

ドラマや映画にもなりそうな、「プリンセスのお忍び」が実現できて良かったですね~♬

 

こんな元王妃のお願いも、何とかして実現させようと思ったフレディマーキュリーは、とにかく優しい人だったことが分かります。

 

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フレディマーキュリーの歌唱法

 

彼の唯一無二の素晴らしい歌唱力と、独自の様式美を追求した「マイクパフォーマンス」は今でも人気が高いですね。

 

フレディは12歳で、すでにロックバンドを結成していました。

 

当時の友人談によると、フレディはラジオを聴き、後で聴いたその曲をピアノで再現する、異様な能力を持っていた。そうです。

 

やはり、世界的に大成功をおさめることの出来る人というのは、何かすごい能力があるんでしょう。

 

フレディが、亡くなった後に彼の歌唱法に関心が集まり、論文を発表する研究機関もありました。

 

2016年にはフレディの驚異の歌唱力が科学的に明らかにされました。

 

オーストリア・チェコ・スイスの研究者らによる共同研究によると、ヴィブラート時の周波数が、通常は5.4から6.9ヘルツなのに対して、フレディマーキュリーは、7.04ヘルツと際立った数値を示していたそうです。

 

別な計測による振動の速さも、世紀のテノール歌手と言われる、ルチアーノ・パヴァロッティを上回るものが計測されたそうです。

 

もしかしたら、フレディは、彼なりに独自に歌唱法を研究して、自分の歌い方に取り入れてたのではないでしょうか?

 

亡くなった後もこれだけ注目を集める、フレディマーキュリーのパフォーマンスの凄さがまたひとつ証明されましたね~。

 

クイーンの創り出す楽曲も素晴らしいけど、フレディの圧倒的なボーカル歌唱力も人気のひとつだったと言えます~!

 

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フレディマーキュリーの晩年について

 

残念ながら、1987年に不治の病が見つかってしまい、4年後の1991年にこの世を去ってしまったフレディマーキュリー。

 

ボヘミアンラプソディーの映画の中では、1986年に出演した「ライブ・エイド」の公演前に、メンバーに病気のことを打ち明けるシーンがありました。

 

実際には、フレディは病気を診断されてから、公にはキッパリ否定し続けていていました。

 

クイーンのメンバーにも、本当の病のことは言わなかったそうです。

 

当時自分の不治の病をはっきりと明かしていたのは、メアリー・オースティン、マネージャーのジム・ビーチ、ジム・ハットン、そして、ロジャーテイラーの奥様である、ドミニク・テイラーさんだったとか。

 

何故、ドミニクさんなの?と思い調べてみましたら、彼女が乳ガンを患っていると聞いたことから、事実を話したそうです。

 

なので、バンドのメンバーも薄々感づいていたのではないでしょうか。

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フレディマーキュリー足の切断は本当?

 

フレディの不治の病について調べていると、「病により足を切断した」という記事を、いくつか見かけました。

 

これって本当なんでしょうか??

 

というのも、思い返してみると、当時MTVのビデオで流れていた、クイーンのMVで、たしかフレディは普通に動いてた記憶があるからです。

 

となると、義足を付けていたとか???

 

気になってさらに調べてみると、ガセネタだったんです。

 

2017年にQueenの、ギタリストのブライアン・メイが「サンデー・タイムズ誌」のインタビューで、フレディの病について答えたところ、後日「切断」という内容の記事になってしまっていたそうです。

 

ブライアンは、後日、自身の公式ホームページに批判のコメントを出しています。

 

そして、この時のガセネタの記事を、雑誌「女性自身」でも、2017年5月29日付の記事で、意訳して掲載されているんですね・・・( ̄ロ ̄lll)

 

記事の内容はコチラより確認できます。

 

日本のことが大好きだった、フレディマーキュリーが、こんな誤った記事が書かれていることを知れば、悲しいだろうなあ、と思います。

 

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フレディマーキュリーの最後は・・

 

フレディは亡くなる2週間前にスイスから帰国してからは、延命処置用の薬を取らないことを決めています。

 

もうこの頃には自分の最後を悟っていたのでしょうか。

 

外出することもなくなり、ウェスト・ロンドンのケンジントンの自宅でほとんどの時間をベッドの上で過ごすようになります。

 

両親や妹、バンドのメンバーや、友人のエルトン・ジョンらがお見舞いに来た時は、出来るだけ起き上がって楽しく会話していたそうです。

 

当時はまだ治療方法が確立してなかったので、もう少し発病が遅かったら、もしかしたらこの世に生きていたかもしれません。

 

今ではもう彼の生の歌声が聴けないのは残念ですね。

 

今回の映画のヒットで、クイーンを知ってる昔からのファンだけでなく、クイーンを知らなかった若い年代にも彼らの良さが伝わって嬉しいです(⌒▽⌒)

 

少し話はそれますが、フレディの誕生日は9月5日。

 

2020年もフレディマーキュリーについて、こんなメッセージをつぶやかれている方がいらっしゃいます!

 

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(随時更新)フレディマーキュリーやクイーンの最新情報!

 

ここからは、フレディだけでなく、クイーンに関する情報を随時更新で、新着順に載せていますので、ぜひ続きをみていただけたらと思います(‘-‘*)♪

 

また、全国各地で開催予定のクイーン関連のイベントがあれば、新着順に公開しています。

 

映画を見て、クイーンや、フレディマーキュリーを好きになった方は、参考にして下さい。

【2020年9月wowow放送】ボラプ映画やクイーン関連の番組

 

WOWOWで、クイーンに関する映画や番組放送される日はこちらです。

【9月の放送】

  • 9月5日(土)深夜3:30~ ボヘミアンラプソディー(映画)⇒WOWOWシネマ

 

 

 

クイーンプラネタリウム「QUEEN -HEAVEN-」上映決定

2018年12月に、東京・有楽町マリオンにオープンしたプラネタリウム「コニカミノルタプラネタリア TOKYO」。

 

ブライアン・メイが監修した全天周映像作品「QUEEN -HEAVEN-」(80分)の上映がスタートしています。

 

【追記・2020年9月1日更新】

 

昨年より上映を続けられていましたが、2020年9月30日(水)を持って、ひとまず上映終了となります。

 

当面の間は、事前購入ではなく、当日の深夜0時よりオンラインの購入のみとなっています。

 

まだ見ていない方は、ぜひこの機会にどうぞ~♬

 

・上映期間:2020年9月30日(水)まで。

・時間:11:20分~の回(1日1回上映)

・料金:一律1,800円

番組は座ってご鑑賞ください。

マスクの着用が必須となっています。

・立ち上がっての鑑賞、足踏み、絶叫、大声での歌唱など周囲のお客様のご迷惑になる行為はご遠慮ください。

 

詳細についてはこちらをクリック

 

 

映画キャストまとめ!

映画を見てから、クイーンや出演者キャストについて気になったらこちらもどうぞ~♬

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「ボラプ」の動画配信は、2019年4月17日から配信されています!

 

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